非常事態

 最近、不審火を見つけたり、頼まれて救急車を呼んだりとかしたんですが、この時に思ったのが「非常事態ってのは後から思い出したときに非常事態であって、その時は常時態である」ということだ。
 こういった非常事態に遭遇したときの心境は、意外と日常状態だったりする。テンションというかモードが別に変化していない。え? なんか変なことが起こってるよ? みたいな感じで、危機感は全然ない。後から思い出して、あの時は結構大変なことだったんだなぁ、と思うのである。
 でもこれは、体の危機察知能力が低下しているのかもしれない。危機察知能力が低下していると、本当に危機が迫っているときの瞬発的な判断力が発揮されなくなる。ちょっと昔にあった韓国の地下鉄火事の写真で、車内に煙が発生しているにもかかわらず、乗客がまだ座っているというのがあった。これなんか、まさしく危機察知能力がマヒしている状態であろう。
 だけど、都市に暮らしているとおそらく危機察知能力はマヒさせざるを得ないのだろうとも思う。そうしないとやっていけない。満員電車なんか、まともな察知能力を持っていたらとてもじゃないが乗れないだろう。そこまで酷くなくても、夜の歓楽街なんかは一種のお祭り状態なわけで、普通な状態ではない。ただ、都市ではそれが常態になっているので、珍しいものだとは思われていないだけのことだ。つまり都市では常時非常事態であると言える。
 こういった都市の状態のなかで、自分の身に危機が迫った場合どうするか? おそらく体感的には非常事態だとは感じられないだろうと思う。ではどうするかというと、自覚的に自分の意志で非常事態モードに切り替えを宣言するのだ。自分の意志で切り替える。そして素早く行動をとっていく。難しいのはその見極めだが、これくらいは大丈夫なんじゃないか、とか、これは本当に非常事態なのかなんて迷っていたら、それが命取りになりかねない場合もある。もし早とちりしてしまったら、まあちょっと恥ずかしいくらいだ。失うものの大きさを考えれば、見極めの閾値は低めに設定しといが方がいいかもしれない。