清水浩「脱「ひとり勝ち」文明論」

購入。久々に「静かなワクワク感」を感じた本だった。
この本は「太陽電池」と「電気自動車」について語り、それによって実現する新しい文明について語った本です。
太陽電池はコスト的に現実的にはなりにくいと思っていたんですが、量産されれば現在の原子力や火力発電よりも発電原価が安くなる。地球の地表表面積の1.5%(砂漠だったら約7%)に太陽電池を貼れば、70億人がアメリカ人と同じくらいの裕福なエネルギーを使える、とのこと。
日本はこの太陽電池については非常に条件がそろった地位にいる。技術も蓄積され、資金も持っている。問題なのは、ちゃんと予算を組んで、やること。もう、「やるか・やらないか」だけなのです。
技術の言葉で「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」というものがあるそうで、これはまず「アイデアを試作品にできるか」、「試作品ができてもそれが商品化できるか(信頼性・耐久性・安全性が十分か)」、「少量生産から大量生産へ移行できるか」ということだそうです。太陽電池は、もうこの最後の段階「ダーウィンの海」まで来ている。それを超えられれば産業化できる。
電気自動車も実用化はほぼできています。この著者の作った『Eliica』は100円の電気料金で100km走れる。すごい!そして、エンジン車の構造的制限に囚われることが無いので、非常に快適な空間設定が可能になる。モーターはホイールに内蔵し、燃料の電気を貯蔵するリチウムイオン電池は板チョコみたいにして底にする。だから、その上に自由に車体を設計できるのです。
またリチウムイオン電池も優秀な電池です。今後20年はこれを超える電池は出てこないだろう、とのこと。しかも、もし世界中で電気自動車や太陽電池の貯蔵のためにリチウムイオン電池を使うとしても、その資源は地球上に十分にある。これは非常にすばらしいことです!
この著者の開発方針もとてもおもしろい。電気自動車を作るのに他の人は電池の容量をいかに上げるかを考えているところを、この人はいかにエネルギー効率よく走れるクルマを作れるかを考える。レーザー測定器を作るときも、他の人がレーザーの出力をいかに上げるかを考えているところ、光の受信器の性能を上げることを考える。多くの人が争っている場所で戦うのではなくて、盲点になっている場所を見つける。しかも、その実現には新しい技術を開発していくのではなく、既知の研究のいちばんいいものを組み合わせて使う。なので、失敗があまりない。プロジェクトXみたいな、イチかバチか、みたいな方法はとらない。最も長く時間をかけるのはコンセプトを考えること。発想は新しいけど、組み立ては既知のものを使う。合理的です。
かのようにすばらしいことずくめな太陽電池・電気自動車ですが、普及にあたって一番の障害が既存の社会体制です。現状、ガソリン車を前提とした産業構造が動いています。これがひとまず現状で動いている以上、ガラッと変えるのは非常に難しい…。現代の自動車産業はとても巨大で、それで生活を成り立たせている人たちの数はとても多い。それを簡単に変えることは難しいのです。ただ、レコードがCDに変わったように、フィルムカメラがデジカメに変わったように、変わってしまえば利便性は向上するし、実はマーケットも拡大する。変えていくのは難しいかもしれないが、ここで変われれば日本は確実に世界に貢献できるすばらしい仕事ができる。その実力は十分に蓄えられている。やるだけなんです。
余談ですが、装丁がよい本ですね。アンケートのはがきとかも手書きで温かみがある。ミシマ社おもしろいです。

脱「ひとり勝ち」文明論

脱「ひとり勝ち」文明論